東日本大震災に学ぶ
東日本大震災発災から早や1年が経ちました。
震災は、大きな被害や犠牲をもたらし、国民すべての方が悲嘆にくれましたが、一方で、我々日本人が忘れかけていたものを呼び起こしてくれました。それは、「自己犠牲」「絆」「命」などの言葉で表現されるものです。
「自己犠牲」については、質問前文で述べているのでここでは省略しますが、「絆」という言葉からは、人間は一人では生きていけず、多くの人の助けや思いやりによって勇気づけられたり、生きている実感を味わえたりすることに気づいたのではないでしょうか。
しかし、絆は、一朝一夕で出来るものではありません。家庭や職場では、日頃の相手を思いやる会話が必要であり、地域おいては、公民館活動や祭りへ参加することでお互いの気心を知ることが、絆をつくるための第一歩となると思います。
まずは、人間関係が希薄となった現代社会を昔のように親密な関係に戻していかなければなりません。
また「命」という言葉から思うことは、人は自分や家族が病気でなければ命について深く考えないものですが、今回の震災で多く命が一瞬の間に失われた現実が、命とは何かということや命のはかなさについて深く考える契機となり、そのことが限りある命を大切にし、人を思いやる優しい人間をつくることに繋がっていくということです。
こうした思いは、時間とともに風化させてはなりません。
東日本大震災で学んだことは、教育の中で特に青少年の道徳教育で教えていかなければならないと考えます。
そうすることが犠牲になられた方への供養と信じています。
2012年3月11日

山本広明先生を悼む
尊敬する山本先生がお亡くなりになられました。
訃報が届いたのが日曜日の朝。聞いたときは、愕然とし亡くなったという言葉が頭から離れませんでした。
先日も、8月に一緒に富士山に登りませんかとお誘いをしたら、「一度は登ってみたかったんだよ。」と手帳に日程を書き込んでいました。
また、山本先生が会長で、私が事務局長の議員連盟も二つあり、その活動予定も話し合っていた矢先の出来事です。温厚で柔和しかし一本芯が通っており本当に信頼がおける先生でした。
私が、忙しそうにしていると、「大変そうだね、お手伝いしようか」と優しい声を掛けてくれました。
何が、先輩を追い込んだのかはわかりません。たしかに議員はいつも大きなプレッシャーの中で仕事をしているのは事実です。休みも当然ありません。そして何より相談できる人も余り居ないのが現実でしょう。さぞ自分で悩み、苦しんだことでしょう。同僚議員ももっと早く我々が気づいてあげればと悔やむばかりです。
議会は、月曜日から始まりました。残された我々がやらなければならないことは、議会を活性化し県政発展を成すことです。
どうかしっかりと見守ってください。ご冥福をお祈りいたします。
2011年6月28日